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お役立ちコラム

器の色が変える味わいの不思議

2025.12.08|味覚食器減塩

 私たちは毎日食事をしていますが、実は「味の感じ方」は舌の上だけで決まっているわけではありません。舌で受け取った味の信号は脳に伝わり、香り、食感、見た目など、さまざまな情報と統合・解析されて初めて“味わい”として成立します。感覚科学の研究分野では、このように複数の感覚が互いに影響し合う現象を「クロスモーダル効果」と呼びます。たとえば、食器の色を変えるだけで味わいの印象が変わるといったことが挙げられます。これは食べ物の視覚情報が、脳における味覚・嗅覚の知覚処理に影響を与えることで生じる現象です。

味覚は舌だけでなく、脳でつくられる

 ある実験では、まったく同じ塩分濃度のスープを、白い器と赤い器で提供したところ、多くの人が「赤い器のほうが味が濃い」と感じました。器の色が脳に先入観を与え、味の強さの知覚を変えてしまうのです。これは不思議なようで、とても人間らしい感覚の働きです。

 また、黄色いカップに入った飲み物は甘く感じやすく、黒い皿の料理はコクが強く感じられるという報告もあります。私たちは無意識のうちに、視覚情報から「これは濃い味」「これはさっぱりしている」などの予測をし、その予測が実際の味の感じ方を左右しているのです。

 この仕組みは、医療や介護の現場でも役立てることができます。たとえば、生活習慣病や腎疾患の予防・管理のためには減塩が欠かせません。しかし、急に塩分を減らすと“物足りなさ”を感じて続かない、という方も多いでしょう。

器の色を変えるだけで「減塩でもおいしい」へ

 ここでクロスモーダル効果の出番です。味を濃く感じる傾向のある赤・黒・暖色系の器を使うと、実際の塩分量を減らしても“しっかり味がついている”と感じやすくなります。逆に、白・青などの淡色は味を薄く感じやすいため、減塩を意識しない普段の食事では使い分けを工夫できるでしょう。

 つまり、「味を変える」のではなく、「味の感じ方を変える」ことで、身体にやさしい食生活を助けることができるのです。食塩量という数値ではなく、日々の“感じ方”の工夫によって無理なく継続できる点が、この方法の大きなメリットだと思います。

医療・介護の現場での活用

 食事は身体を支えるだけでなく、生きる楽しみでもあります。減塩という制限が必要な方にとっても、ほんの小さな工夫で「おいしい」と感じられる経験が増えるなら、それは生活の質(QOL)の向上につながります。クロスモーダル効果は、人の感覚の力を活かし、負担を少なくしながら健康を支える手段の一つと言えるのではないでしょうか。

 日々の食卓で使う器を少し変えるだけで、味わいが変わる──そんな感覚の不思議さと可能性を、皆さまの健康づくりにぜひ取り入れてみてください。

龍谷大学 農学部 食品栄養学科 教授 山崎英恵

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