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お役立ちコラム
2026.09.28|

「蕎麦(麺)は三たてがおいしい」という言葉を聞いたことがありますか?
蕎麦の「三たて」とは,「挽きたて」「打ちたて」「ゆでたて」のことを言います。蕎麦をおいしく食べるための条件として,昔から大切にされてきた考え方です。さらに,「穫りたて」を加えて「四たて」と呼ぶこともあります。
では,なぜ「たて」が付くと蕎麦はおいしくなるのでしょうか。今回は,蕎麦のおいしさを科学的な視点から考えてみたいと思います。
最初は「挽きたて」です。
蕎麦の実を製粉してできる蕎麦粉は,時間が経つにつれて香りが変化していきます。蕎麦特有の香りに関係する成分は,時間の経過とともに失われていくことが報告されています。そのため,製粉して間もない蕎麦粉を使うことは,蕎麦らしい香りを楽しむうえで重要です。蕎麦屋さんで「挽きたて」にこだわるのには,ちゃんと理由があるのです。ただし,「挽きたてなら,食感も必ず良くなる」とは限りません。蕎麦のおいしさには香りだけでなく,麺の硬さや粘り,切れやすさなど,さまざまな要素が関係しているからです。
次は「打ちたて」です。
蕎麦を打ったことがある方ならご存じかもしれませんが,蕎麦はうどんなどに比べて,麺をつくるのが難しいです。うどんは小麦粉に含まれるグルテンによって生地に粘りや弾力が生まれますが,蕎麦にはグルテンがありません。そのため,蕎麦は麺としてまとまりにくく,切れやすいという特徴があります。さらに,蕎麦を打ってから時間が経つと,麺の水分が少しずつ失われていきます。その結果,麺はさらに切れやすくなります。
「打ちたてがおいしい」という言葉には,こうした蕎麦特有の性質も関係しているのです。

そして,三つ目が「ゆでたて」です。
ゆでた蕎麦を時間が経ってから食べると,「食感が悪くなった」と感じることがあります。いわゆる「麺がのびた」状態です。蕎麦をゆでると,麺に水分が入り,麺に含まれるデンプンが糊化します。ところが,ゆで上がった後も麺の中では水分の移動などが起こり,時間の経過とともに食感が変化します。
実際に,ゆでた蕎麦麺の性質を調べると,時間が経つにつれて「もろさ」が増すことが報告されています。つまり,「ゆでたてがおいしい」というのも,単なる昔からの言い伝えではありません。蕎麦麺の中で起こる変化が,私たちが感じる食感やおいしさに関係しているのです。
ここまでが「三たて」です。
ところが,蕎麦のおいしさを考えると,もう一つの「たて」を加えた「四たて」も重要になります。それが「穫りたて」です。
蕎麦は収穫された後,乾燥させて保存され,その後,製粉されて蕎麦粉になります。そのため,収穫後の保存状態も蕎麦のおいしさに影響します。特に,高温・多湿の環境や長期間の保存によって,蕎麦麺の食感に関係する性質が低下することが報告されています。
「新蕎麦がおいしい」といわれるのも,こうした蕎麦の品質変化と無関係ではありません。
つまり,蕎麦のおいしさは,蕎麦屋さんで麺を打ったりゆでたりするところから始まるのではありません。畑で収穫されたときから,食卓に運ばれるまでのさまざまな過程が関係しているのです。
「四たてだから,誰が食べても必ずおいしい」というわけではありません。
食べ物のおいしさには,誰もが共通して感じやすい要素がある一方で,地域や文化,そして一人ひとりの好みによって異なる部分もあります。蕎麦についても,「コシの強い蕎麦が好き」という人がいれば,「やわらかくて食べやすい蕎麦が好き」という人もいます。
蕎麦のおいしさは,香り,味,硬さ,粘り,歯ごたえなど,さまざまな要素が組み合わさって生まれます。「挽きたて」「打ちたて」「ゆでたて」,そして「穫りたて」。この四つの「たて」を知ると,いつも何気なく食べている一杯の蕎麦も,少し違って見えてくるかもしれません。
次に蕎麦を食べるときには,「この蕎麦はどんな香りがするだろう」「どんな食感だろう」と,少し意識して味わってみてはいかがでしょうか。

龍谷大学農学部・農学研究科 教授 朝見祐也
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